三上喜美男
「取材入門!」
下田氏からメールをいただいたのは、今年四月のことだった。
夏にCAPHOUSE恒例の「アート林間学校」を開催する予定だという。そこで講師をしないか、とのお誘いだった。「内容は、新聞記者的取材入門みたいな…」。
何で「アート林間学校」で「取材入門」なのか、と首をひねる。行間から、下田氏の怪しい笑顔が浮かぶ。
「断ろうか」。いったんはそう思ったものの、思案の末、受けることにした。
邪険にしては、人間関係に障りがある。しかしそれだけではない。「自分でもお役に立てそうだ」と考えたからにほかならない。
下田氏の話をよく聞いてみると、どうやら新聞記者の仕事自体に、素朴に興味を持っているらしい。「取材に三色ボールペン使ってるんですか?」と、他愛もないことを聞いてくる。それなら、答えるのは簡単だ。
「いいえ。僕は二色です」
そんな問答も、大きくとらえれば「アート」だといえなくもない(?)。しかも、自分の仕事を語るのだから、等身大で臨めばいい。そんなノリで引き受けることにした。それから七月まで、何も用意をせずに過ごした。
とはいえ、直前になって、さすがに僕も考えた。人に聞いてもらうのだから、少しは煮詰めたものにしたい。来てくれる人に、何かしら発見を持って帰ってもらいたい。
思案の末、思いついたのが「日常生活の中の取材」という観点だ。驚きや感動。知りたい、という衝動。伝えたいという思い。そうした当たり前の感覚を行動に移せば、それが「取材」になる。「決して特別なことではない。あなただって、知らないうちに取材をしていますよ」というわけだ。
これなら、取材をしたいと考えている人の励みにもなるだろう。
当日は十人ほどが参加してくれた。幸いというか、取材を仕事にしている人はいなかったように思う。むしろ「本物の新聞記者が見たかった」という声が目立つ。ほとんど全員が「下田氏」状態だった。
僕の話がどこまで胸に響いたか。ただ、思った以上に真剣に聞いてくれ、質問も多く、たくさんの人と話ができた。笑いもあった。気がつけば午後九時を過ぎていた。
仕掛け人の下田氏は「楽しかった」といってくれた。それならきっと、会場にいたほかの「下田氏」たちも、楽しんで帰ってくれたことだろう。
僕自身も今、「楽しかった」という満足を頼りに、この文章を書いている。この文章もまた、「取材=伝えたいという衝動」の表出にほかならない。講座に来てくれた人と、この文章を通じてささやかな記憶を共有したい。そのことで、今回の僕の役割はようやく幕を下ろすことになる。