2014年6月30日

【トモコの部屋】7月のゲスト:野澤太一郎(旧居留地連絡協議会会長。株式会社ノザワ最高顧問)

C.A.P.は今年で20年目。代表の杉山知子が毎月ゲストをお招きして、これまでの活動を振り返ります。
C.A.P.を支えるサポーティングメンバーシップ。
企業や個人からの会費を活動の助成としています。
その立ち上げや旧居留地での活動の際、お世話になったのが、野澤太一郎さんです。

【今月のゲスト】
野澤太一郎/Taichiro Nozawa

(旧居留地連絡協議会会長。株式会社ノザワ最高顧問)
1932年神戸市東灘区生まれ。甲南大学卒業後、58年株式会社ノザワに入社。
67年社長、95年より現職。1992年より旧居留地連絡協議会会長。
長年、油絵を趣味としていたが、最近は専ら水彩画。
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震災の朝

杉山: 旧居留地のビルに私がアトリエを構えて今年で30年、C.A.P.をスタートして20年になります。20年前のクリスマスにアトリエに集まっていた時、「この街だったら、何かできるかな?」という話になり、旧居留地連絡協議会に街の状況を聞きに行こうと、野澤さんに連絡しました。そのアポイントメントが1月17日、お会いするはずの朝に地震がきたんです。

野澤: そうだったの!?震災のことでいろいろあって忘れてしまっていました。

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杉山: 野澤さんの会社の建物で、旧居留地のシンボル十五番館*1も全壊しましたね。

野澤: 旧居留地では22棟が倒壊しました。確か、杉山さんたちはその後、正式にお話に来られましたね?

杉山: 5月に。旧居留地は更地がいっぱいで、そんな状況で「旧居留地ミュージアム構想」を考えました。

野澤: そうそう。それは覚えています。

杉山: 新しいビルが建つまで何かできないかな、街全体が美術館にならないかなと。これからビルが建つという場所にギャラリーやカフェをつくるというプランで、それらをつなぐセンターを十五番館に置こうと。お話に伺った時、野澤さんのほかに、日本ビルヂングのオーナー南さん*2など3〜4名いらっしゃって、野澤さんには「それもあるな」と言っていただきました。でも、ほとんどの方は無理だとおっしゃいました。

野澤: 震災でビルをつぶされた方がほとんどだったからね。

杉山: 「何言ってるの」「無理やわ」と。その時、街の皆さんが抱いている神戸のイメージや、文化やアートへの理解などが、いろいろ見えてきました。


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奉加帳で資金集め

杉山: その後、野澤さんはC.A.P.の資金集めのために、力を貸してくださいました。お金を集めたいけれど、企業の人や行政の人はアートのことをどう思っているんだろうと、野澤さんに相談に行ったら、じゃあ今度、何人か連れて行こうか、とおっしゃって、当時の日本銀行神戸支店長の遠藤さんと、東京海上火災神戸支店長の瀬尾さんと3人で来てくださいました。

野澤: そんなことがありましたか。

杉山: 震災の翌年3月だったと思います。何か集まりの帰りのようでした、夕方アトリエに来てくださって。

野澤: 日銀の遠藤さんは旧居留地連絡協議会でもいろいろ功績を残された方です。瀬尾さんは、東京海上のビルの1階にギャラリースペースを設けてアマチュアに無償で貸しておられましたね。いいスペースでした。

杉山: C.A.P.もお借りしたことがあります。それにしても、日銀の支店長さんと一アーティストが話をするなんて普通考えられないですよね。でも、その遠藤さんが、神社の奉加帳をやりはったらええんや、と教えてくださいました。お寺や神社で寄進を集めるやり方です。そういうことを知らなかったので、お祭りの時に持ってこられるあれですか、と尋ねました。

野澤:: 御影のだんじりでも集めてますね。また、その名前と金額を張り出すんですね。

杉山: なるほど、そうなんだ、と思って、スタートしたのが、サポーティングメンバーシップです。その時、遠藤さんは金額が大きい人から回るようにアドバイスしてくださいました。

野澤: そう。最初の行にだれそれ百万円とか、高額を書いてもらう。

杉山: それで、街の企業を回ろうということになり、野澤さんに推薦状を書いてもらえませんか、とお願いにあがりました。ここにその推薦状があります。

野澤: いわば、勧進帳ですね。しっかりと書いていますね(笑)。原稿は杉山さんが書いたの?

杉山: いいえ。資料はお渡ししましたが、野澤さんが書いて「はい」と手渡ししてくださいました。おかげで、40社と個人の方が2名、400万近く集まりました。震災の後ということもあったのかもしれません...。まとまった金額でスタートが切れました。


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旧居留地は文化文教地区

杉山: 推薦状に、文化拠点施設の整備とありますが。

野澤: 博物館は旧居留地にもともとあったけれども、新規文化施設の導入をめざす、という考えは、旧居留地連絡協議会の復興計画書にもあったと思います。これは後づけかもしれないですが、関西電力の「神戸ランプミュージアム」*3ができ、南さんの日本ビルヂングには「KOBEとんぼ玉ミュージアム」*4ができて、日本真珠会館に「神戸パールミュージアム」*5ができた。大丸神戸店でも9階で美術展*6が開催されている。ある程度、この趣旨に沿っていると言えなくもない。

杉山: 大丸神戸店の店長だった森さんから、ある時「杉山さんが言うてはったから、大丸もミュージアムつくったよ」と言われました。私たちの考えていたものとは違っていたので、ピンとこなかったんですが。

野澤 :それはきっと、森さんの頭の中に刷り込まれていたでしょうね。それに、これも屁理屈かもしれないけれど、旧居留地は文化文教地区や、と言うているんです。博物館もあって各種学校もある。美容とお菓子と鍼灸などの学校があるんですよ。

杉山: でも、海外ブランドの高級店が軒を連ねている印象が先行します。そんな風景は国内外のほかの街と変わり映えがしなくて、つまらないと思うんですが。

野澤: そこは杉山さんとはちょっと考えが違いますね。大丸が中心となって、きれいな街になっていますよ。

杉山: 震災前までは、古いビルの中に一時代前の雰囲気が残る倶楽部のサロンなどもありました。

野澤: 一風変わった男がコーヒー店をしてたりね、そんな穴場がなくなったね。そういう意味では、確かにつまらないかもしれない。

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旧居留地とC.A.P.

杉山: 「旧居留地ミュージアム構想」は一つの提案として、今度は自分たちのできる範囲で取り組んでいこうと、C.A.P.は旧居留地で5年くらいゴソゴソ活動していました。スイスのベルンのアートセンターの館長をお招きして、レクチャー*7してもらったりもしました。その時は、株式会社フェリシモ社長の矢崎さんが、どうぞとホールを貸してくださいました。

野澤: 参加者が一人一人使い切りカメラを持って、街を撮影するイベントがありましたね?

杉山: 「のぞき穴から見た街」*8ですね。サポーティングメンバーシップを始動してまもなく96年の秋でした。街がどんどん変わっていくので、自分たちの目でしっかり見ておこうと。震災から19年、その時の写真集を見て、やっと懐かしいと思えるようになりました。

野澤: 復興とか、気持ちの整理には、時間がかかるものですね。

杉山: 旧居留地連絡協議会のメンバーにも入って、皆さんにずいぶんご協力いただきました。神港ビルや三井商船ビルの屋上も開放してもらいました。

野澤: 映像のイベントもありましたね。

杉山: 2001年です。神戸市の震災復興記念事業の一環でした。関電や真珠会館にも協力いただいて。

野澤: 関電は協議会でも親睦委員長をやってくれているし、何かと協力的ですよ。

杉山: そのほかにも、アーティストが移動しながら作品を見せる「アート・ポーレン」*9という展覧会もしました。三井住友銀行前の広場も提供していただきました。

野澤: 旧居留地に拠点があったからできたのでしょうね。あのころは、いろいろイベントをしていたのに、旧居留地でやらなくなったのはなぜ?

杉山: 当時は活動できる場所がなかったんです。CAP HOUSEという場所を持つまでの5年間は、旧居留地の方々の応援で活動ができていました。CAP HOUSEができ、その後はY3とQ2が拠点になったら、その中で完結してしまうようになりました。でも、また、C.A.P.のみんなが街の中で展覧会をするとか、アトリエを持つとかができるようになればいいなと思っています。

野澤: ビルのオーナー次第では、いけると思いますよ。納得してやってくれるビルのオーナーがいれば。きっとおもしろい人がいると思いますよ。

杉山: 旧居留地でスタートしたことは、C.A.P.にとって、大きな意義があったと思います。何やらいろいろやっているけれど、無茶苦茶じゃないし安全だと、神戸市からも信頼してもらえるようになりましたから。旧居留地とは、また、つながりができたらいいなと思っています。

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【註】
*1
旧居留地十五番館。重要文化財。外国人居留地時代の、現存する唯一の商館。126区画の15番地にあった。1880年ごろの建築で、木骨レンガ造り、2階南にバルコニーがあるコロニアルスタイル。1966年より建材メーカーの株式会社ノザワが所有。地震で全壊したが、倒壊前の部材70%を使用し、免震工法も採用して、1998年に修復を完成。

旧神戸居留地十五番館  より

*2
故南嘉明氏。1907年創業の不動産賃貸業、南株式会社元代表取締役。旧居留地連絡協議会前副会長。京町筋に面した本社ビル「日本ビルヂング」(1936年竣工)は震災で倒壊。いち早く再建に動き、1998年に新しいビルが完成。

*3
神戸ランプミュージアムは1999年開館、2013年4月より休館。ランプや提灯、マッチラベルなどの展示を中心に、あかりの文化や歴史を紹介。14年3月25日の電気記念日には一日限定で臨時開館した。

*4
KOBEとんぼ玉ミュージアム。とんぼ玉をはじめ、古代から現代までのガラス工芸作品を展示する。制作体験ができる工房ほか、ショップも併設。

*5
兵庫県庁の設計も担当した建築家、光安義光によるモダンな日本真珠会館。神戸パールミュージアムでは真珠製品を展示するほか、貸しギャラリーもあり、業界関係者以外も使用可能。

*6
大丸ミュージアム〈神戸〉では、不定期に展覧会を開催。7階には美術画廊とアートギャラリーがある。

*7
1996年6月8日、CAPARTY vol.2としてアートセミナーを開催。館長はウーリッヒ・ルーク氏。題は「クンストハーレ・ベルンにおける80年代作品とその発展」について。

*8
CAPARTY vol.3「のぞき穴から見た街」は、旧居留地で1996年11月3日(祝)に行われたアート・ピクニック。白黒フィルムが入った使い切りカメラで、参加者が街を撮影し、回収したフィルムから写真をセレクトして、写真集を作成した。

*9
CAPARTY vol.5「アート・ポーレン」は、旧居留地内に点々と14組のアーティストが散らばり、参加者は作家と直接コミュニケーションすることで理解を深める、参加型・移動型の展覧会。1997年11月開催。


2014年4月23日
CAP STUDIO Y3にて収録
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shimoda 01Y3日記
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