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2012年2月24日
2/19(日)「ビブリオテーク208.ext」第9回 レポート
去る2月19日(日)に開催された「ビブリオテーク208.ext~移動美術資料室がCAPにやって来る!」、第9回の模様についてのレポートです(藤墳智史)。

昨年5月に始まったビブリオテークも今回で9回目。残すところ今回を含めて、あと2回となりました。作品のみに着目した狭義の美術にとどまらず、これまで絵葉書や雑誌など、様々な資料を取り上げ、そこにある美術のシーンを参加者のみなさんと一緒に解き明かしてきました。今回のテーマは「神戸博覧会」。とは言っても、比較的最近で広く知られている1981年の「ポートピア81(神戸ポートアイランド博覧会)」のことではなく、1950年に開催された「日本貿易産業博覧会(神戸博覧会)」が取り上げられました。この1950年の神戸博は、王子会場(現在の王子動物園のある場所)と湊川会場(湊川公園)の2カ所を会場にして行われ、王子会場がメインの会場となっていました。また、神戸博の特筆すべきところは、貿易が中心的なスローガンとして掲げられるのと同時に、博覧会としてのシナリオを設定し(「資源」・「世界」・「生産」・「通商」・「文化」という5つのテーマ)、それらにしたがって会場が構成され、さらには順路まで案内されていたという点です。このような、シナリオを前面に押し出して、それにしたがってパビリオンを作っていくということを目論んだ博覧会は、日本では神戸博が初めてだったようです。

また、神戸博が中心に据えながらも、今回は神戸で開催されてきた多くの博覧会や、同時期の博覧会にも目を配ることになりました。1837(明治30)年の「第2回水産博覧会」に始まり、1925(大正14)年の「日本絹業博覧会」や1930年の「観艦式海港博覧会」など、神戸は多くの博覧会の舞台となり(その多くが貿易や港湾、艦船がテーマとしていたようですが)、湊川公園や王子公園(関西学院跡)はそれらの会場としても開催の実績を既に持っていました。
また、同時期という点に着目すれば、神戸博の前年の1949年には横浜で貿易をスローガンとした「日本貿易博覧会」が開催され、また神戸博とほぼ会期が重なる形で、神戸の近傍の西宮(西宮球場近辺)では「アメリカ博覧会」が開催されていました。戦後の「復興」の中で、貿易に日本の経済的な活路が見出され、豊かなアメリカの社会や文化が憧れの対象にもなっていました。そんな時期に開催されたのが、この神戸博だったわけです。片やシナリオを設定し、会場の構成もそれに基づいた形で行われた初めての博覧会であった神戸博。一方で、かつての戦争の敵国でもあり、同時に巨大な経済力を持ち、既に豊かな社会を形成していると見られていた「アメリカ」を前面に押し出したアメリカ博。同時期に行われているということもあって、この2つの博覧会は見後にその成否を分けることになりました。

朝日新聞が主催で行われ(ポスターの製作は川西英)、アメリカの消費生活や巨大な都市のジオラマ(シカゴ)を展示するなど、徹底的に人々のアメリカへの憧れをくすぐったアメリカ博はテーマの重要性はともかくとして、興行的には大成功を収めたそうです。対する神戸博は巨額の赤字を抱えて終了し、新聞でもその問題が大きく取り上げられるほどでした。アメリカ博が現在でも人々の記憶に鮮明に残っているのに対して、神戸博は存在すらも忘れられていることが多いようです。

しかし、シナリオを設定した初めての博覧会であったという先進性、新制作派をはじめとする多くの芸術家たちが関与したという点では、神戸博の重要性を無視することはできません。この点で名前が挙がってくるのが、神戸博のシナリオメーカーであった小池新二(1901‐1981年)の存在です。当時千葉大学で教授を務めていた小池は、前年の横浜博にも少し関与した後、この神戸博に深く関与することになりました。これは新制作協会とのつながりがあったためのようで、実際に神戸博でも新制作協会のに所属する作家や建築家たちが活躍することになります。デザイン評論の第1人者であり、『建築文化』などで海外の最新のデザインの動向やインダストリアル・デザインの概念を紹介していた小池。彼は皇紀2600年の博覧会など、当時の博覧会のあり方に対して鋭い批判を行ってきた人物でもありました。祭りの延長のようで「博覧会屋」に頼り切った展示内容。明確なテーマや順路すらなく、野暮な空間。視覚的なデザインを重要視する小池が神戸博に関与するにあたって、シナリオを前面に押し出そうとするのは当然のことだったのかもしれません。
さて、前述したようにシナリオに沿って「資源」・「世界」・「生産」・「通商」・「文化」という5つの小テーマが設けられ、それぞれの小テーマごとにパビリオンが形成され、会場が構成されていった神戸博。ここで少しシナリオを追ってみることにしましょう。
・「序曲」では、原爆をきっかけにした戦争の終結という見方が示され、戦後の「国土」を見せながら「日本の姿」を確立していきます。その日本の姿に対して、経済の復興、国家の興隆という問題が掲げられます。
・「資源」では、「国土」と「国民」の現状の紹介から始まり、産業の動向や観光資源までが扱われました。
・「世界」では、「権利」の紹介、世界各国の紹介が行われたそうです。
・「生産」は、小池が最も重視したテーマとされているところです。生産と製品が紹介されるとともに、インダストリアル・デザインが大々的に紹介されていきます。作る側と使う側をつなぐ、「欠けている技術者」(ジョン・グローグ)として、インダストリアル・デザインが位置づけられていたようです。
・「通商」では、貿易立国としてのあり方が示され、交通や宣伝、コマーシャルの技術が紹介され、観光も貿易として位置づけられました。
・「文化」では、様々なイベントや作品の展示が行われたそうです。
このように、各テーマと展示の様子を簡単に紹介してみましたが、実際の展示の内容や質は、決して思わしいものではなかったようです。新制作協会が関わっているとは言っても、シナリオに従って動いているというよりも、作家たちの作品が単発で登場しているということが多く、シナリオに従ったものを展示として見せるというところまでは至っていなかったようです。シナリオ大々的に掲げられているものの、それをビジュアルにする、会場の構成にしっかり反映させる「アート・ディレクター」がいなかかったのが、結果的に現場の雑さ、まとまりのなさにつながってしまったようです。同時期に新聞社主催のアメリカ博があり、内容的にもまじめなものと見られていた神戸博。学校教育向けには良いという反響もあったようですが、おおむねは不評を示す感想が多かったようです。結局大きな赤字を残した神戸博。その跡地は王子動物園の園地へと転用されることになります。

赤字の原因としては入場者が振るわなかったほかに、会場の建設に苦労したということもあったようです。当時はまだ物資にも事欠く状況で、博覧会に用いる建材を確保するのも一苦労だったようです。また、王子公園や湊川公園周辺は、まだ空襲で焼け出された人や引き上げ者のバラックが立ち並んでいる状況だったようで、会場の造成に際して、そうした人たちが立ち退きを余儀なくされるということもあったようです(平井正治『無縁声声』、藤原書店)。そして、博覧会が終わり、赤字の問題が報じられた同じ新聞の紙面には、朝鮮戦争の勃発を報じる記事を見ることができます。日本の近くでの戦争の勃発と、東西冷戦体制の確立。このことは「特需」という形で、日本に経済的な恩恵をもたらすことになります。失敗に終わった神戸博が掲げていた「貿易立国」は、博覧会が終わって即座に、戦争の災禍を代償に現実のものとなったわけです。アメリカ博はもとより、比較的近年の「ポートピア81」の印象が神戸にとっては鮮烈なこともあって、1950年の神戸博は多くの博覧会の中に埋もれている存在であるように思います。しかし、神戸博に関わっていた宮崎辰雄は後に市長として「ポートピア81」に関わっていきます。あるいは、シナリオやテーマを明確に設定した初めての博覧会だったという点は、これ以降の博覧会が掲げるテーマや博覧会の内容自体の変化、万博の成功、そしてポートピアに始まる「地方博」の時代が始まるという長期的な視点の中で重要視せざるをないように思われます。

今回のビブリオテークでは、参加者の方からも博覧会にまつわる資料を持ち込んでいただく場面もあり、上記のものだけでなく、様々な博覧会に目を配る機会となりました。毎年のようにどこかで行われている博覧会。その後の都市のあり方を変化させたり、芸術家や建築家など、様々な人たちの参加の場になっていたり、多くの側面を持っています。「地方博の時代」と言われなくなって久しい今、もう少し博覧会について、その意義を考えていく必要があるのかもしれません。
次回はビブリオテークもいよいよ最終回。「エフェメラ」が取り上げられます。次回は多岐にわたる紙史料にお目にかかれそうですが、果たしてどんな面白い側面を見せてくれるのか、楽しみですね。
2012年2月16日
2/11前田諒太郎 個展「色えんぴつ12色の世界」オープニングパーティー・レポート
今回も参加者の藤墳智史さんによるレポートです。いつもありがとうございます。 2月26日(日)まで開催中の前田諒太郎さん個展「色えんぴつ12色の世界」。今回は去る2月11日(土)に開催されたオープニングパーティーの模様についてお知らせします(藤墳智史)。

前田さんは現在、兵庫県立特別支援学校高等部3年生。小学校5年生の時の紙芝居づくりがきっかけで、絵を描き始めたそうです。今回の個展では、高校出の3年間にわたって彼が製作してきた多くの作品が並べられました。パーティでは、前田さんと彼の担任の岡島先生と一緒に館内を回りながら、1つ1つの作品について製作のきっかけや過程、作品の見どころなどが作者自身から紹介されました。来場者にとっても、彼自身が3年間の間に様々な対象と出会い、1つ1つの作品に繊細で緻密な技術をもって製作にのぞんできたこと、そして作品が出来上る中で織りなされる周囲の人たちとのエピソードや、作品をめぐる彼自身の記憶や思いを伺い知る機会となったのではないでしょうか。


今回の展示の流れになっていたのが、彼の高校3年間での「ステップアップ」だったと言えるでしょう。まず最初の1年はいくつかの展示に向けて沢山の作品を描きためていき、次の2年目には実際に展示へ出品することを続けていったそうです。そして3年目となる今回の展示。300点以上の作品が並ぶ、彼にとって集大成と言える展示となりました。もちろん、この3年間は彼にとって作品の数をためるだけの期間ではありませんでした。色鉛筆で描き出された美しい風景や質感を見れば、描きためるのとは別のステップアップを見てとることは決して難しいことではなかったはずです。


彼の作品の多くは色鉛筆という比較的スタンダードな道具を使って描かれたもの。その色の数は12色だそうなのですが、彼はこの12色が、最も自分が作り出したい色を作りやすい色の数なのだと言います。彼が描く絵に見える美しい花々の色、動物たちの素肌の色、青空の色、夕焼けの色、新緑の色......etc、これらの色は彼が身をもって感じ取り、色鉛筆でもって彼が見た色として見るがわに伝えられた色です。見るがわには、花の色、動物の色、青空の色、夕焼けの色、新緑の色を大まかなイメージとして既に「知っている」かもしれません。でも、こんな風に見えることもある、感じることもあると伝えられることはあるでしょうか。既存にはない、名前が知られていないような色を、対象から絞り出すように細かく把握して、色の遷移や鮮やかさを誰にも見えるように描き出す緻密なタッチ。そうした美しい情景を際立たせてくれる大胆な構図。今回の個展は長い時間をかけて模索されてきた彼自身の製作のスタイルが確立した地点だったではないでしょうか。


オープニングパーティーでは、前田さん自身から作品についての説明が行われましたが、製作した時期や状況、経緯、作品をめぐる彼の思い出が詳しく紹介され、作品をめぐる人との出会いや繋がりもまた、彼自身が製作を続けて行く中で重要なものだったことも見えてきたと思います。絵を通じたコミュニケーションを思わせるものも多くありました。彼の製作の出発点となった紙芝居、誕生カード、カレンダーや学校のポスター......etc。こうした様々なものを描いていく中で、これからは水彩やクレヨンなど、違う描き方にもチャレンジしたいと考えているそうです。


自らの身体で感じ取ったものを、緻密な作業を通じて、ダイレクトに私たちに伝える前田さんの作品たち。知っているはずの物や風景から、今まで知らなかった綺麗な姿や美しさが殻を割って出てくるーー彼自身の思いが解き放たれた作品をこれからも見続けることができたら、そんなことを私は感じました。
【作家略歴】
前田諒太郎(まえだりょうたろう)
1993年兵庫県生まれ。
現在、兵庫県立特別支援学校高等部3年生。
小学校5年生の時の紙芝居づくりがきっかけで、絵を描き始める。
-受賞歴-
・ポコラート全国公募展 vol.2 入選
・平成22年度障害者雇用支援月間ポスター原画・絵画 高校・一般の部 入賞
・第2回あーと甲子園ー小さなピカソたちの夢 審査員賞
・障害者スポーツネット兵庫・障害者スポーツの日ポスター 兵庫県教育長賞
【作家略歴】
前田諒太郎(まえだりょうたろう)
1993年兵庫県生まれ。
現在、兵庫県立特別支援学校高等部3年生。
小学校5年生の時の紙芝居づくりがきっかけで、絵を描き始める。
-受賞歴-
・ポコラート全国公募展 vol.2 入選
・平成22年度障害者雇用支援月間ポスター原画・絵画 高校・一般の部 入賞
・第2回あーと甲子園ー小さなピカソたちの夢 審査員賞
・障害者スポーツネット兵庫・障害者スポーツの日ポスター 兵庫県教育長賞
2012年2月 2日
1/28(土)「カフェ座談会:山元彩香+宇野珂苗+小野惇貴」レポート
今回も参加者の藤墳智史さんによるレポートです。
去る1月29日(日)まで4階のギャラリーで開催されていた宇野珂苗さん個展「steal a glance」と山元彩香さん個展「Nous n'irons plus au bois」。出展者のおふたりと小野惇貴さん(CAP)の座談会が、1月28日(土)にCAP STUDIO Y3のカフェにて行われました。
女子学生たちが、おそらく学校の中のどこかで楽しげに触れ合う情景が印象的だった宇野さんの作品。ギャラリー内でも三方から彼女たちの集まりに囲まれているように感じられて、透明感のある作品から女の子たちの集まりが浸み出してくる、あるいはこちらが引き込まれるような、不思議な空間だと感じられた方も多かったのではないでしょうか。
あるいは、ラトビアでのワークショップで、森の中で女性たちのポートレートを撮り続けたという山元さんの作品。深い森の中、言葉でのコミュニケーションがなかなかままならない中でのモデルとの交渉とぶつかり合い。その中から一瞬現れる、人間が見せるとは予想だにできない振る舞いや姿。美しい情景の中に垣間見える人間の姿のおかしさ、不思議さが印象的な作品たち。
4階のギャラリーのいずれもで、女性をモチーフにした作品が連ねられた今回の2つの個展。個々の作品にとどまらず、ギャラリーじたいが持つテーマ、ひいては座談会での主たるテーマも「女性」に関わるものだったように思います。そんな中でまず話題となったのは、これまでのおふたりの経歴や活動歴、あるいは何を表現しようとしているのか、対象へのアプローチの仕方といったことでした。

ごく普通の人間が見せる「おかしさ」──山元彩香さん
もともとは洋画、中でも油絵を描くことからキャリアをスタートさせたという山元さん。平面で何を表現すれば良いのか、何を考えていけば良いのかがわからなかったその時期に、製作の方向性を変えるきっかけとなったのが、アナ・メンディエタやレベッカ・ホルンなどのパフォーミング・アートとの出会いだったと言います。彼女たちが人間、あるいは女性の身体をこだわって表現していくのを見て、山元さん自身もパフォーミング・アート──自分自身をさらけ出す表現へと、方法を大きく変えていくことになります。
今回出展された作品はすべて写真でしたが、写真による表現を始められたのは2004年の留学中だったとのこと。写真とパフォーミング・アートとは一見かけ離れているようにも思えますが、身体やそのパフォーマンスへの興味という点は変わらないそうで、今回出展された作品も、ラトビアでのワークショップの際にモデルとなる女性たちにパフォーマンスをしてもらって、それを写真に収めたものでした。被写体にパフォーマンスをしてもらう、あるいはその時に繰り返される、言葉がなかなか伝わらない中でのコミュニケーション。カメラは必ずしも見たそのままの「真実」を写すわけではありませんし、ままならないコミュニケーションの中でのパフォーマンスも、撮る側の意思そのままに行われるわけではありませんでした。しかし偶然現れる、予想だにしない、普段とは異なって見える人間の姿──今回の数々のポートレートでは、それを収めていくことに集中していたそうです。

かつて自分もそこにいた「情景」──宇野珂苗さん
モチーフやその場所が極めて明解だった宇野さんの作品たち。制服を着た同じ年代の女子学生たちが、おそらく学校のどこかで集まって静かに戯れ楽しんでいる、そんな情景。フェンスで囲われた学校の屋上に集まって、そこにできた水たまりではしゃぎながらも、どことなく雰囲気は静かで少しさめた目線を外へ投げかける女の子たち──宇野さんは自分の中高時代に経験した情景を作品として描き起こしていきたい、そう語ります。
むろん、作品の中に登場するのはほぼ、女の子で占められているわけですが、必ずしも女性的なものを際立たせたり、その美しさをことさらに強調したりしようとしているわけではなく、自分が経験してきた中にある、女の子たちが集まっている場所や空間、それを「情景」として描くことにウェイトが置かれているそうです。あるいは、もう1つ作品の中で強調したいものとして挙げられたのが女の子たちの「心情」という側面です。例えば楽しげにじゃれ合っている場面が印象的な一方で、どことなく冷めた俯瞰的な女の子たちの目線。学校を通過していく年代にある、心の揺れ、誰もが経験するような複雑な感情を作品に込められないか、とも考えているということでした。
これからも女子学生たちが登場する「情景」を描き続けていきたいという宇野さん。描くものは一貫している一方で、技術的な面や表現方法では新たな試みをしてみたいといいます。また、学校以外の場所もモチーフも取り上げたいと模索しているそうです。
山元さんは理想化されたイメージを追うより、表現の可能性を追求していきたいと言います。その時に身近に感じるアーティストとして名前を出していただいたのが写真家のダイアン・アーバスでした。親近感を持ってフリークス(「普通の人」とは異なる身体や嗜好をもつ人に対して使われる言葉)を写真に収めていった一方で、日常の世界のごく普通の人間が見せる一瞬の不気味な姿を、緊張感を持って写真に収めていった写真家として知られている人物です。山元さんも写真を撮る際のルールや当たり前と思われていることから学び逸れながら、普通の人が見せるおかしさや不気味さを写真の表現として追及できないかと模索しているそうです。
*ダイアン・アーバスについては、伝記映画『毛皮のエロス ダイアン・アーバス 幻想のポートレート(Fur-an Imaginary Portrait of Diane Arbus)』(スティーヴン・シャインバーグ監督、ニコール・キッドマン主演)があります。また、作品集(『ダイアン・アーバス作品集』)、伝記(『炎のごとく―写真家ダイアン・アーバス』)も刊行されています
今回の個展では、女性の作家による女性をモチーフにした作品が目を引きましたが、モチーフにしているもの、表現しようとしているものは、おふたりそれぞれ、特徴的で興味深いものでした。少女を登場人物にしながら、記憶の中のある場所や空間を表そうとした宇野さんの作品。あるいは、10代から30代という幅広い年齢層の女性をモチーフに、普段とは異なって見える人間の姿を求めた山元さんの作品。おふたりの表現は単純に女性特有の表現というところに落ち着かせられないでしょうし、「美しい」、「綺麗」、「かわいい」といった形容で簡単に括れないことも確かなのではないでしょうか。「[「女」という視点から論じるのは既に古臭いことだと言われているが、果たして本当に、]「女」の視点をことさらに意識しなくてもいいほどに、女の視点は様々な分野で根を張り、変化をもたらし、文化や社会を成熟させたのだろうか」(笠原美智子『ヌードのポリティクス』)。アートの中で「女性」がクローズアップされるとき、まだまだ何か揺れ動くものがある、そんなことを感じた座談会、そして個展でした。
showcase宇野珂苗個展「steal a glance」
【作家略歴】
宇野珂苗(うの・かなえ)
1985.1 奈良に生まれる
2007.3 京都嵯峨芸術大学 油画分野卒業
2008.2 グループ展「ユルサレタジカン」(cafe le baobab)
2008.7 三菱商事アート・ゲート・プログラム第一回 入賞
2009.9 個展(銀座フォレスト)
2010.9 個展「all light sight higher」(立体ギャラリー射手座)
showcase山元彩香個展「Nous n'irons plus au bois」
【作家略歴】
山元彩香(やまもと・あやか)
1983 神戸生まれ
2004 California College of the Arts 交換留学
2005 "目の前を聞く" 京都精華大学ギャラリーフロール
2006 京都精華大学 芸術学部 造形学科 洋画分野 卒業
2006 "写真新世紀2006" 東京都写真美術館
2009 エストニア、アーティストアソシエーションにレジデンス
2010 エストニアにて3ヶ月のボランティアプログラムに参加
2010 "photos at an exhibition" KuKu Club/Cafe,Tallinn,Estonia
2010 川北ゆうと二人展 "絵の彼方" 京都精華大学ギャラリーフロール
2011 ラトビアにてISSPのワークショップ(Claudine Douryのクラス)と展示に参加
2012年1月18日
1/15のビブリオテークは「芸術倶楽部」であった
今回は参加者の藤墳智史さんによるレポートです。
今月のテーマは8月の第3回目に引き続いて「雑誌を改めて読み直す」。前回は1978年から81年にかけて発行された『季刊アップ』が取り上げられましたが、今回はやや時代をさかのぼって、『芸術倶楽部』が取り上げられました。1973年1月の創刊からわずか1年、のべ9号を世に送って忽然と消えてしまった幻の雑誌です。
前回の『季刊アップ』が写真や絵画、音楽といったジャンルをクロスオーバーしていく媒体であったように、『芸術倶楽部』もまた、映像や美術だけでなく、広く文化全般を扱った媒体でした。編集委員には粟津潔、石崎浩一郎、今野勉、勅使河原宏、寺山修司、中原佑介、松本敏夫といった名前が連なっています。毎号、各編集委員がリードする形で特集が組まれていたようです。
この『芸術倶楽部』の前身には『季刊フィルム』(1968年10月創刊)があり、その発行元として現在まで続くフィルムアート社が設立されています。また、この『季刊フィルム』創刊の背景としては、勅使河原宏がディレクターを務めていた、前衛芸術の拠点の「草月アートセンター」の活動も無視することもできません。「映画雑誌でありながら、映画という枠を越え、1960〜70年代前半という激動期において、一つの芸術的、理論的極を形成した」(平沢剛)『季刊フィルム』と合わせて読み直しをしながら、『芸術倶楽部』の独自性を探っていく、というのが、今回のテーマの眼目というところでしょうか。
※『季刊フィルム』と『芸術倶楽部』からの選集として、『「芸術」の予言!! 60年代ラディカル・カルチュアの軌跡』(フィルムアート社)が刊行されています。また、「草月アートセンター」の活動については『輝け60年代─草月アートセンターの全記録』(「草月アートセンターの記録」刊行委員会)が詳しいです。
『芸術倶楽部』1974年1-2月号では突如として「ロシア・アヴァンギャルド」の特集が組まれたりするなど(『季刊フィルム』時代に前兆があったようですが)、各号で動きや実験的な要素が強く出ている雑誌です。1974年6月の最終号「個人映画」特集には、故・相原信洋さんの活動も紹介されています。

今回は『芸術倶楽部』、『季刊フィルム』だけでなく、1960年代以降の雑誌文化、特に総合雑誌の広がりもまた意識することになりました。構造主義をはじめとする最新の哲学の動向を紹介すべく、中野幹隆によって手がけられた『パイデイア』や『エピステーメー』。あるいは、松岡正剛が手がけた『遊』は特定のジャンルに囲われない独特の雰囲気を醸し出しています。前回取り上げられた『季刊アップ』もこの中に位置づけることができるでしょう。
60年代から70年代にかけて総合雑誌を通じて行われてきた横断的、あるいはクロスオーバーという試み。自分が知っている世界から知らない世界へと扉が開かれ、知ることが実際に何かをする・実践することの後押しになるような雑誌たち。ジャンルの壁が高くなっている現代においては、示唆に富むところが多いのではないでしょうか。

次回のビブリオのテーマは「神戸博」。と言っても「ポートピア81」のことではなく、1950年に現在の王子公園周辺で開催された博覧会です。この「神戸博」戦災からの復興が掲げられ、「貿易」がテーマとされたそうです。同時期に西宮で開催された「アメリカ博」(現在の西宮ガーデンズ付近が会場だったそうです)に押されて、影が薄くなってしまったそうですが、そんな「神戸博」の姿を史料から明らかにしていくそうです。
次回は2月19日です。
全10回分の日時、テーマ一覧はこちら、C.A.P.のニュースレター、「caper6月号」のピックアップ記事「Bibliotheque 208主宰、森下明彦インタビュー」はこちらです。
前回の『季刊アップ』が写真や絵画、音楽といったジャンルをクロスオーバーしていく媒体であったように、『芸術倶楽部』もまた、映像や美術だけでなく、広く文化全般を扱った媒体でした。編集委員には粟津潔、石崎浩一郎、今野勉、勅使河原宏、寺山修司、中原佑介、松本敏夫といった名前が連なっています。毎号、各編集委員がリードする形で特集が組まれていたようです。
この『芸術倶楽部』の前身には『季刊フィルム』(1968年10月創刊)があり、その発行元として現在まで続くフィルムアート社が設立されています。また、この『季刊フィルム』創刊の背景としては、勅使河原宏がディレクターを務めていた、前衛芸術の拠点の「草月アートセンター」の活動も無視することもできません。「映画雑誌でありながら、映画という枠を越え、1960〜70年代前半という激動期において、一つの芸術的、理論的極を形成した」(平沢剛)『季刊フィルム』と合わせて読み直しをしながら、『芸術倶楽部』の独自性を探っていく、というのが、今回のテーマの眼目というところでしょうか。
※『季刊フィルム』と『芸術倶楽部』からの選集として、『「芸術」の予言!! 60年代ラディカル・カルチュアの軌跡』(フィルムアート社)が刊行されています。また、「草月アートセンター」の活動については『輝け60年代─草月アートセンターの全記録』(「草月アートセンターの記録」刊行委員会)が詳しいです。
『芸術倶楽部』1974年1-2月号では突如として「ロシア・アヴァンギャルド」の特集が組まれたりするなど(『季刊フィルム』時代に前兆があったようですが)、各号で動きや実験的な要素が強く出ている雑誌です。1974年6月の最終号「個人映画」特集には、故・相原信洋さんの活動も紹介されています。

今回は『芸術倶楽部』、『季刊フィルム』だけでなく、1960年代以降の雑誌文化、特に総合雑誌の広がりもまた意識することになりました。構造主義をはじめとする最新の哲学の動向を紹介すべく、中野幹隆によって手がけられた『パイデイア』や『エピステーメー』。あるいは、松岡正剛が手がけた『遊』は特定のジャンルに囲われない独特の雰囲気を醸し出しています。前回取り上げられた『季刊アップ』もこの中に位置づけることができるでしょう。
60年代から70年代にかけて総合雑誌を通じて行われてきた横断的、あるいはクロスオーバーという試み。自分が知っている世界から知らない世界へと扉が開かれ、知ることが実際に何かをする・実践することの後押しになるような雑誌たち。ジャンルの壁が高くなっている現代においては、示唆に富むところが多いのではないでしょうか。

次回のビブリオのテーマは「神戸博」。と言っても「ポートピア81」のことではなく、1950年に現在の王子公園周辺で開催された博覧会です。この「神戸博」戦災からの復興が掲げられ、「貿易」がテーマとされたそうです。同時期に西宮で開催された「アメリカ博」(現在の西宮ガーデンズ付近が会場だったそうです)に押されて、影が薄くなってしまったそうですが、そんな「神戸博」の姿を史料から明らかにしていくそうです。
次回は2月19日です。
全10回分の日時、テーマ一覧はこちら、C.A.P.のニュースレター、「caper6月号」のピックアップ記事「Bibliotheque 208主宰、森下明彦インタビュー」はこちらです。
2012年1月 7日
1/6(金)本の交換はなかなかに楽しいぞ
カフェで本の交換会をしました。 十数人集まったみなさんで持ち寄った本の交換を楽しみました。
これはなかなか楽しいぞ!
今回、ぼくの持って来る本について事前にブログでコメントしてたのですが、それを見て作戦を立てて来てくれた方もいて、楽しめました。
自分の持って来た本も、本当に久々に手に取ると、なぜか国鉄の切符が挟まってたりして驚きました。
武蔵小杉から登戸、昭和53年か。。。大学生のときだろうか。自宅から和光大学に行くための切符のようです。
持って来てもらった本を何冊か見ると、その人のことがなんだかちょっとわかった気もしたり、それならあの作家の書いたものは持っているのか?とか、あの本は持ってないのか?とか。
そういえば人のうちに遊びにいった時にも、そのうちの本棚を見るのは楽しいですね。
そのうち本棚ごと交換したら面白いかもね?なんて話しもしたりして。
本に触発されました。
あんまり楽しかったので、またやることにします。
次回は3/2(金)の午後7時から。
またちゃんと告知するので、小説や詩集を押し入れから出してみて下さい。
今回、ぼくの持って来る本について事前にブログでコメントしてたのですが、それを見て作戦を立てて来てくれた方もいて、楽しめました。
自分の持って来た本も、本当に久々に手に取ると、なぜか国鉄の切符が挟まってたりして驚きました。
武蔵小杉から登戸、昭和53年か。。。大学生のときだろうか。自宅から和光大学に行くための切符のようです。
持って来てもらった本を何冊か見ると、その人のことがなんだかちょっとわかった気もしたり、それならあの作家の書いたものは持っているのか?とか、あの本は持ってないのか?とか。
そういえば人のうちに遊びにいった時にも、そのうちの本棚を見るのは楽しいですね。
そのうち本棚ごと交換したら面白いかもね?なんて話しもしたりして。
本に触発されました。
あんまり楽しかったので、またやることにします。
次回は3/2(金)の午後7時から。
またちゃんと告知するので、小説や詩集を押し入れから出してみて下さい。
2011年12月27日
C.A.P.のアーティスト情報
2011年11月から始めましたこのニュース。STUDIO Y3やCLUB Q2以外でC.A.P.のアーティストは何をやっているのか? C.A.P.アーティストの活動予定です。フレンズメンバーの富山麻子さんが整理してグーグルカレンダーに掲載してくれました。
C.A.P.のアーティスト活動予定はこちらです。
■上村亮太
上村亮太website
■田岡和也
田岡和也website
■築山有城展
築山有城website
2011年12月 7日
12月〜1月末 山橋大二郎 個展 「in my life」





こんにちは、カフェの鳴海です。
先日早々とルミナリエに行って来ました。
いやぁ毎度の事とは思いつつも、あのイルミネーションのアーチ下を歩くと静粛な華やかさに浸れて良いものです。
そして、ここcafe&shop y3では今月から山橋さんの展示が始まりました。
人体彫刻を作っている山橋さんですが、ここではそれから少し離れたものを制作展示しています。
身の回りのもの、生活にあるもの、あたりまえなもの、そんな極々自然にやり過ごしている日常事から、美術界への問いかけの様です。
山橋大二郎 個展 「in my life」 是非お越しください☆




kono

